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ファン・ボイ・チャウ (潘佩珠) Phan Bội Châu 1867-1940

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クォンデ侯(左)とファン=ボイ=チャウ
クォンデ侯(左)とファン・ボイ・チャウ
現代ベトナムの民族運動指導者。阮(グェン)朝皇帝を傀儡(かいらい)として祖国・大越南(ダイベトナム;通称「大南」)を植民地支配していた仏印(フランス領インドシナ)連邦総督府に対し反発。少年時代より独立運動に身を投じ、当時、「越南最後の希望の星」として将来(独立後)の皇帝と目されていた阮朝王族の彊柢(クォンデ;畿外侯)を奉じて、「越南維新会(ベトナム-ドゥイタンホイ)」を組織。明治38(1905)年には来日し、大隈重信(おおくま-しげのぶ)・犬養毅(いぬかい-つよし)等、日本政界重鎮の支援を受け、祖国越南の有望な青年を日本に留学させる「東遊(ドンドゥー)運動」を興した。然(しか)し乍(なが)ら、その行動と影響力を警戒したフランスは日本に対する外圧を以て明治42(1909)年、彼を日本から国外退去させる事に成功。日本を離れた彼は、支那南部の広東(カントン:現広州)を拠点に「越南光復会(クワンフゥホイ)」を結成し、国外から独立運動を指揮した。その後、大正14(1925)年、上海(シャンハイ)に於いてフランス官憲に逮捕された彼は、河内(ハノイ)に移送され、彼(か)の地で終身刑の宣告を受け、越南中部の古都・順化(フエ)に於いて軟禁状態に於かれた儘(まま)、祖国の独立を目にする事無く歿した。


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